それは競争ではないのかもしれない。 


きょうそう。

私は、いわゆる「競争」があまり好きではなくて

人生のどこでそれがきらいになったかというと結構はっきりしているのだけれど

(でも、じゃあ自分に全くそういう感情がないかといわれると

「う~ん、どうなんだろう」という感じですが

他の人と競って何かを勝ち取る喜びのようなものはそれほど強くない気がします)


とにかくそういう場や雰囲気を感じると即撤退みたいなところがあって

でも最近、きょうそう。についても見方が変わってきたな、と感じます。



もしも自分自身が「競争」という観念に巻き込まれてしまったとき

ここに戻ると随分楽になるんだな、と実感するのですが

一見同じ場で、何かを競っているように見えたとしても

それぞれに起きていることは違う、

それぞれがそれぞれに必要なことに出会っているのだ、というふうに思うと

あんまり周りで起きていることに必要以上に振り回されなくなる

あせったりしなくなる、ような気がします。


そうするとまた新しい現実が開かれていく感じでちょっと面白いです。




(補足として:
とはいっても、自分が痛い思いをし続けたり、居心地のよくないところにがんばってい続ける必要もないと思います。
自分のいる場所は自分で選ぶ、選びなおせるという意味において、物理的な次元で変化を促したり、動いていくこともできるのだと思います。
思っていることが変わると現実が変わったりもしますが、変わるのを待っているだけでなくそれと連動させながら体を動かしていくこともできると思います。

ここら辺の対応(心理的なことも含めて)は、状況にもよりますし、ケースバイケースだと思いますので、どうすればいいかわからないという方は個別の状況を見ていくといいかと思います。
よろしければ→ブルーミングツリーへどうぞ)



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