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エクトンについて 

※この記事では特に私の個人的な体験を絡めて書きましたが、2015年に「エクトンと、その個人セッションについて」をUPしました。宜しければ合わせてお読みください☆


エクトンは、カウンセラーのリチャード・ラビンさんがチャネリングする肉体を持たない存在で、
私も一年に一度位、自分を振り返る自己調整のためにセッションをお願いしています。

私は、エクトンが人間であってもなくても正直どちらでもいいけれど
いつでも、「絶対的に相手の力を奪おうとせず、でも底上げに協力してくれる」
という姿勢が本当に好きで、多くを学んでいます。

ニューエイジや精神世界にはたくさんのメッセージがありますが、
私はエクトンの、いわゆる見えない存在たちはたくさんいるけれど、対等であるということ。
いかなる階層(ヒエラルキーのような)も説かないところに惹かれます。

エクトンの発するメッセージは、全てに関して個々人が、全ての責任を担っている(Absolute personal responsibility)、無条件の愛(Unconditional love)、無限の創造性(Unlimited creativity)がベースになっていて、それは確実に私の生活に影響を及ぼし、愛について、尊重について、自分の人生に責任を持つということについて、そういった考え方も、この10年くらいの間にかなり変化してきたと思います。またエクトンと話さなかったら乗り越えるのにもっと時間がかかっただろうなと思うことがあります。

エクトンとは個人的にも、地球にいるということ、パートナーシップ、人間関係、仕事、エソテリックな感じのことから哲学的なこと、セックスからお金まで、随分色々なことを話しました。
(このブログでもシェアできるものはシェアしたいと思っています)

そんな中、心に響くアドバイスをもらってもなかなか実践できないこともあって、ある時「せっかく教えてくれたのに実践できなくてごめんなさい」と謝ったら、
「あなたは誰かの期待を満たすために生きているわけではないのです。私は話した全てのことを拒絶しても構わないし、私であれ誰であれ、カルトやグルのように追ってほしくはありません。(略)…私たちはあなたを無条件に愛し、受け入れています。私のような存在にとってそれはとても簡単なことです。なぜなら私は肉体的な挑戦もなく、肉体もなく社会的な期待もないからです。私たちのやりとりでこの無条件の愛と受容を味わって、参考にしてほしいのです。そして、あなたが無条件に愛し受容しなければならない最も大切な人は、あなた自身なのです」という答えが返ってきました。(セッションの訳は私です)


私はエクトンのバイブレーションに触れると、まるで故郷に帰ったような気持ちになって涙が出てきてしまうことが多いのですが、そんな包み込むような優しさと共に、ときにエクトンは私が自分に正直でない部分があると執拗にそこを突いてくることもあります。
そういう場合は、オープンクエスチョンなどではなく、「イエスかノーの一体どっち?」という感じなのですが、でもそういわれるものは、本当に本当に自分にとって大切なことだったりします。(もちろん、それは双方の意識的な同意のもとに起きることで、私の方もこの口からだったら言われてもいい、という思いがあります)

初めてエクトンの本を開いたときに目にしたのは
「あなたのフィーリングを信頼してください。そうしないと以前に経験してきたようなことの繰り返しになります。とりわけ恋愛関係に関してはそうです。かつて目を見たとき、直観的に困難な人だということを知りながら、それでもその人との関係を続けたことがありますね。直観はとても大切なものです」(「ようこそ、地球へ」VOICE刊 P161)
という言葉で、あまりにも自分の真実を突いていたので、いやなものを見たとパタンと本を閉じてしまったのを覚えています。

わかってしまうということは、ときにとても痛いことでもあると思います。
でもそれを超えて見る真実は、なぜだか美しいと思うし、「知っている」ということは、大きな目で見ると自分にとっての「良い」選択につながるのだと思います。


そして、カウンセラーとして、表現者として
どうしても自分の発するメッセージに自分が届かないと感じたり、また、私生活において自分自身を見つめるような課題が出てくると、「私が人の相談に乗っていいのかな」という気持ちになることがあるのですがエクトンからは
「それは偽善ではなく人間であるということ」と
「休むのは構わないけれど、でも、たとえ自分の人生が困難なときを迎えていたとしても、セッション時間中はクライアントの方にマインドもハートも魂もそして愛も差し出せるはずです。そしてそうすることによって、また自分自身にもエネルギーが回るんですよ」
というメッセージをもらいました。
(↑ここら辺は、私は一歩一歩という感じですが、多くのセラピストやヒーラーの方に共通して響くメッセージではないかと思います)


また、「人間ではないということは知っているけれど、エクトンのlifeはどんな感じなの?」と聞いてみたこともあるのですが、
「エクトンとしてのライフは、リチャードの体にエクトンとしてやってきているときにあなたが定義するものでしかありません。この時代の地球上の人間世界とこのようにコミュニケーションすることに私は満足しています。
リチャードの体を離れると、エクトンはほとんど消えてしまいます。体を離れたときのリアリティーの経験の拡大された本質を言葉にするのは不可能ですが、それはあなたにも言えることです。あなたも体から離れたら本当の純粋な拡大された本質を意識するでしょう。けれどもあなた方人間は肉体の反応をフルタイムで引き受けていて(それは全く理に適っていることですが)人間性に焦点を当てているので、そのことを忘れる傾向にあります。私がリチャードの体を離れると、私は多次元の宇宙と融合し溶け合います。 私は考えられる全て、想像できる全て、存在するもの全ての一部になることができます。人々がリチャードの体に入った私と話をしたがるのは、私がリチャードの体にやってくるとき、多次元の本質の幾らかを携えてくるからです。私はあなたの豊かさ、深み、純粋性、肉体のリアリティーを超えた多次元的な本質、それは肉体のリアリティーの中にある本質でもあるのですが、を思い出すお手伝いをするためにここにいます。
もしも私とコミュニケーションしたかったら、名前を呼んでください。私はそこにいます。あなたが名前を言うだけで私はあなたが親しんでいるエクトンのエネルギー的な化身となります。そしてリチャードの口からではなくても、私は多くの場合アイデアやフィーリング、概念と共にあなたとコミュニケーションします」(概略)
という答えが返ってきました。



最後になりますが
精神世界に親しめば親しむほど、「この世界は儚く夢のようなものじゃないか」というような思いも出てくるように感じるのですが、この世界に肉体を持たずに存在するエクトンのメッセージには、「時間と空間の世界にいる自分を楽しむんだ、味わうんだ。そしてここで愛し合うんだ。なぜならはっきりとは覚えていなかったとしても、あなたが望んであなたはこのような形でここにいるのだから」という響きが根底に流れている気がします。
そして、世界については色々なことをいう人がいて、それはそれで本当にいいと思うのですが、エクトンの響きに引かれ続ける私は、そのスタンスに根本的に同意するところがあるのだと思います。