セラピスト 友人 

前回に引き続き、今回も友人のことを書きたいと思います。

私と彼女は10年位前に職場で知り合ってからの付き合いになるのですが、…とはいってもずっと側にいたというわけではなく、お互いにそれぞれの道を歩みながら、数年に一度、近況をメールし合ったり、また約束をしたわけでもないのに体がバチッと出会ったり(多分それは深いところで望んでいたり、引き合ったりしているのだと思います)するような感じで続いていました。

よく覚えているのが、表参道のスターバックスで一人でお茶をしている時に、「あと○○分したら近くの○○のお店に行かなきゃ」と突然思ってそこに行ったら、お店の中で「しのちゃん」と彼女に声をかけられたこと。

また「何となく行ってみようかな」と思って行ったセミナーでも数年ぶりに彼女とばったり会って、「しのちゃん、びっくりした」と言われてその後一緒にご飯を食べたこと。
そのセミナーの内容はお互いにそれほどピンとは来なかったので、「今日はお互いに出会うために来たみたいだったね~」と盛り上がった思い出があります。

そして昨年、個人セッションのお客様が帰られた後に(セッションをすると日常よりもエネルギーや何かが動く感じで、直後はまだその濃い余波の中にいる感じがすることが多いのですが)、突然「とにかく彼女に連絡しなきゃ」と思い立ち、数年ぶりにお茶をしたら、お互いに誰かと徹底的に話してみたかった関心事がぴたりと合っていました。

そして近頃は、お互いの拠点が近くなったこともあって頻繁に電話やメールをしたり、ランチをしたりしているのですが、彼女もセッションを行っている人なのでここで紹介したいと思います。
彼女のブログ→心の奥にある静かな泉

私たちはもともと友人なので、普通に色々な話をする上で私情や友達目線というものが完全に抜けてはいないと思いますが、それでも彼女との会話の中では「お、今のはチャネリングだね!」(彼女を通して自分にとっての身近な何かが伝えてくれた感じ)という瞬間が度々あったり、何よりも彼女の「生きるということ」に対して真摯に向き合っている姿に胸を打たれたりしています&そういう魂と交流することに喜びに感じます。
(ということからも、良質なセラピストの一人として紹介できる方だと思います)

また、彼女とは最近よく、並行宇宙、パラレルリアリティ、多次元的宇宙(Multi dimensional universe)などについても話をして盛り上がったりしているのですが、こういったものの捉え方は、お互いに(他の方とも)もしかすると異なる部分や変わっていく部分があっても全く構わないと私は思っています。
(彼女のブログでは夢の世界(異次元とも言えると思いますが)なども紹介されていますが、そういうところと行ったり来たり(多分誰もがやっていると思うのですがより意識的に)している感じが面白いなぁと思います)

最近私は宇宙(世界)の性質のようなものを感じたり、考えたりすればするほど、それは言葉による体系化と性質的に合わない(収まりきらないような)気がして、そういったものを体系立ててまとめあげたいというような思いがどんどん少なくなってきています。
以前はもっとそれができるかもと思っていたかもしれません。
でも、絶対的に正しい表現(?)を意識すればするほど固くなってしまい、筆が止まってしまいます。
もともと宗教のように教義、経典を掲げて「これに沿って生きましょう」「このように生きてください」「一緒に同じものを信じ続けていきましょう」というようなムーブメントを起こすことには個人的に心から関心がないのですが(ですので、それぞれがそれぞれの道を行くサポートができればと思っているのですが)、ただ、折々にそれ(宇宙や世界)について感じることや、少なくとも今自分はこう捉える、信じる、大事だと感じることを表現するのは自由だと思いますし、そしてそれはこのブログでしたら読んでくださる方に響くか響かないかだけ…と言ってしまってもいいかと思います。
(セッション等につきましては、「その内容がご自身にとって有効と感じられるかどうか」から応用するか否かを決めていただければと思います)


彼女も含めて最近私は、本当に良い仲間、友人たちに恵まれていると感じます。
以前は、どんなにたくさんの人と一緒にいてもある種の孤独を感じていた時もありました。
そして結局のところ自分は自分でしかいられないし、物理的にどんなときも自分と一緒にいられる地上の人は自分だけ、というのは変わりませんが、今はひとりだけれど、ひとりではない感じがよくします。
それはやっぱりこの世界の中で生きているうえでの「つながり」(それはある程度、飾らない自分を表現した上で引き合ったものかもしれませんが)でもあるんだろうなと感じます。

つながりというものは、がんばって自分を押し殺して相手と同じように思っているふりをし続けてまでつくるものではないと思いますが、この世界の中で自分が心地良く交流できるところに身を置くという選択も、自分が自分のためにできることの一つでもあると思います。

もしも今仲間 (何かが自分と近い人、like mindの人、居心地のいい人)が欲しいなぁ、という方がいらっしゃいましたら、どうかご自分らしさを無理やり押し込めずに、自然に気持ちよく向き合える人たちが存在するということを、その方たちと出会えることを信じてください。
その可能性を少しでも信じたときに、そういった人たちがご自分の世界に現れ始めると思います。
(自分の経験からそう言うことができます)
別にそれは依存 (自立と反対の意味の)ではなくて、自分とは違うけれども気の合う人とやりとりするのは(特に双方の好意がしっかりあるとなおさら)単純に楽しいです。
もちろん人との関係は色々なときがあって、それぞれが変わっていく中で関係も変化していくのは自然かもしれませんが、お互いが違うからこそ生まれる何かというものもある気がします。

そして、大切な人たちは、たとえ離れていても(もちろん動物として側にいる心地良さや喜びというのもありますが)その人が同じ空の下にいる(もしくはいた)と思うと元気になったり嬉しくなったり、自分も自分をがんばろうと思うような存在と感じています。

これからもこのブログで紹介したいなという友人が何人もいます。

(宣伝になりますが、人間関係のワークショップもやっています。ご興味のあるかたは→コチラへ




☆オマケ
この記事をまとめている時に、たまたまU-TUBEで見つけてメロディーが耳について繰り返し聞いている曲があったのですが、「そういえば何だか歌詞もこの記事と合っているかもしれないなぁ」ということでご紹介したいと思います。


Bruno Mars の「Count on me」
(英語ですが歌詞つきを見つけました)





また、私は Connie Talbot が歌っているバージョンもいいなぁと思います。